2014年12月15日月曜日

ラップと吃音



今年オランダで大ブレイクしたTyphoon(1984 - )というラッパーのインタビューを観はじめてすぐ気がついたこと。彼、吃音があるのです。聞き手がまたTheo Maassenというコメディアンで、「ときどき出るみたいだけど、それって昔から?」とさらっと質問。子どもの時からで、矯正(という言い方が適切かどうかはさておき)も長い間受けていた、いまは緊張したり、疲れたりするとひどくなるかな、という返事。満面の笑顔でステージを飛び跳ねて言葉を繰り出す人とは結びつきませんが。

何かを言おうとするときは、単語を1つだけ思い浮かべるのではなくて、5つくらい表現を用意しておく。最初の言葉でつまってしまったときに別の言い方にスイッチできるように、とも話していましたが、いつもそうならこれだけでかなりエネルギーを消耗すること。でもそれは同時に「どう伝えるか・どう伝わるか」の実験でもあるわけで、そうやってたくさん考える先に彼のラップがあるのかもしれません。

質問を真面目に受け止めて、穏やかに楽しそうに答えているのが印象的でした。

2014年12月3日水曜日

うれしい楽しみ


先週後半、細かいことは[31日の月曜日]に片付けてしまおうと思ってました。土曜の夜、「(お孫さんに)アドヴェントのカレンダー今日あげたのよ、月曜日からだしね」と知り合いが言うのを聞いて、あれ?11月は30日までだった!と。締め切りがあったとかではなかったので、自分があたふたするだけですみましたが。というか、約束があれば思い違いに気がついたはず…

ちょっと守備範囲を超えている気がしたものの、納期に余裕をいただけてお引き受けした翻訳、「お願いしてよかったと思っています」とのことで一安心。始めてみたら通訳の仕事で勉強したことがたくさん出てきて、最初考えていたよりはスムーズに進みました。こういうつながる感触はじんわりうれしい。「これってあのこと?」から道が開けると、誰かから力をもらったような気になります。仕事はひとりでは回らないけれど、作業自体はひとりなので、小さな楽しみは大切。

こちらのクリスマスの慌ただしさと日本の年末のお休みを考えると、残すところあと3週間。時間の流れに巻き込まれすぎず、気持ちよく乗り切りたい……と思うのも毎年今頃。


2014年10月15日水曜日

オランダの再生可能エネルギー:2020年の目標達成は不可能との予測



2013年9月、政府、環境団体、使用者、被雇用者ら40の関係組織が「エネルギーに関する合意(Energieakkoord)」に署名しました。2020年にはエネルギー消費量の14%を再生可能エネルギーでまかなうという目標を掲げ、このために180億ユーロの助成金を拠出し、風力発電の設置を大々的に進めることを約束した文書でした。

オランダは、国土の約4分の1が海抜0メートル地帯で、地球温暖化の影響を考えた対策が行われているといわれています。また風車やどこまでも広がる牧草地といった光景から、いわゆるグリーン電力に力を入れているようなイメージがあるかもしれませんが、実際にはそうでもありません。今年の春に発表されたEU統計局の数値を見ると、2012年の実績でEU28カ国中下から4番目の4.5%。ちなみに残り3国は英国(4.2%)、ルクセンブルク(3.1%)、マルタ(1.4%)で、EU平均は14.1%。
Eurostat News Release 37/2014 - 10 March 2014: Renewable energy in the EU28

この合意から1年たった10月初め、進捗状況の報告(Nationale Energie Verkenning、NEV)が発表されました。具体的な成果がまとめられているのかと思いきや、目標達成は無理らしいという結論。2020年における再生可能エネルギーの割合は、予定の措置がすべて実施された場合で12.4%、現状のまま新制度なしに進むと10.6%(9.1〜11.1%)にすぎないというのです。省エネ目標100PJも、順調にいって61PJ、悪くすれば19PJにとどまるとの厳しい見通し。

NEVを作成したEnergieonderzoek Centrum Nederland(ECN、オランダエネルギー研究センター)とPlanbureau voor de Leefomgeving(PBL、環境評価局)は、すでに去年「エネルギーに関する合意」の評価を行った時点で目標の実現性を疑問視していました。しかしその後も方針の再調整はされないまま、今回の報告に至ったとのこと。

再生可能エネルギーの目標は、現内閣の連立合意では2020年に16%となっていたものが3年先送りされ、昨年14%で合意したという経緯があります。とはいえNEVによれば、計画が実施されても2023年の割合は16%に届かない(15.1%)ようです。

環境保護団体は、遅れを取り戻すために実効性のある施策がすぐ必要とコメントしましたが、経済相と使用者団体は、NEV 2014はあくまで中間報告であり、2016年に予定されている(本当の)政策評価を待って対応を検討すると答えました。2016年まで待っていたら現内閣の在任期間が終わってしまうのですが、これまでも不況や産業競争力の低下を理由に具体的な取り組みが先延ばしになってきたことを考えると、それが狙いかと思わなくもないところです。

2014年9月30日火曜日

AKO Literatuurprijs 2014 候補作発表


11月に決まるAKO Literatuurprijsの候補作が発表されたのでメモ。

  • Wessel te Gussinklo, Zeer helder licht, Koppernik
  • Stefan Hertmans, Oorlog en terpentijn, De Bezige Bij
  • Guus Kuijer, De Bijbel voor ongelovigen (2), Athenaeum-Polak & Van Gennep
  • Tom Lanoye, Gelukkige slaven, Prometheus
  • K. Schippers, Voor jou, Querido
  • Frank Westerman, Stikvallei, De Bezige Bij

この賞はフィクションとノンフィクションの両方が対象。オランダの文学翻訳関係者—翻訳者個人ではなく、団体・機関—は、なぜかノンフィクションはliteratuur=文学に入らないという意見が主流で、先日この話になったときも、またか/まだか…と思って反論せずに流してしまいました。そのもやもやが残っていたので、Frank Westermanの話題作(カメルーン・ニオス湖で1986年に起きた湖水爆発がテーマのノンフィクション)が入っているのを見て少し気が晴れたような。

2014年8月29日金曜日

『新しいフィンランド語文法』


ディエゴ・マラーニのNieuwe Finse Grammatica(新しいフィンランド語文法)を読み終えました。イタリア語の原著Nuova grammatica finlandeseは2000年の出版ですが、オランダ語版の刊行は2013年の夏で、意外なことにこれが初のオランダ語訳。
イタリア・トリエステ、1943年9月。埠頭で頭に重傷を負った男が発見され、停泊中のドイツ軍艦に運び込まれる。昏睡状態から目覚めた男は記憶と言語能力を失っていた。担当医師は、コートに縫い付けられていたラベルの名前から男をフィンランド人の船員だと判断し、自身の母国語でもあるフィンランド語を教え、故国への送還を手配。ヘルシンキに到着した男は、あるはずの居場所を求めて街をさまようが、過去への手がかりは見つけられない。 
男は本当にフィンランドの出身なのか? 日々フィンランド語と格闘するなかで、男はものごとを感じ、理解する方法も身につけていく。それは取りも直さず、体験を記憶としてゼロから—フィンランド語で—積み重ねていくことだった。しかしそれ以前の記憶、つまり男の過去は、フィンランド(語)で蓄えられていたのだろうか? 対ソ戦のさなかのヘルシンキで、男は自分の頭の中にある空虚との戦いを続ける…
フィンランド語には欠格という格があり、「〜なしで」という意味を表すそうです。フィンランド語でいちばん好きな点(単語や文)はと尋ねられた主人公は、この欠格だと答えます。
「そう、ないものを表す格変化……まったく美しい、まるで詩ですね。しかも便利ときている。ふつう人間は持っていないものの方が多いですから」
何かが欠けている状態を名詞の格変化で表せる言語。現実のとらえ方は言語によって異なり、そこに経験が重なって言葉の使い手としての個人ができていくと思うのですが、主人公が新たに身につけようとしたフィンランド語が、ある名詞を思い浮かべるたびに、それがない可能性を考える構造が用意されている言語だったというところがかなしい。記憶、家族、対話、希望… もう少しで手に入りそうに思えたものも結局つかみきれず、すべてが雪景色の静寂のなかに帰っていく物語。


Diego Marani, Nieuwe Finse grammatica, vertaling(翻訳): Annette de Koning, Uitgeverij Van Gennep, ISBN 9789461641632

『通訳』(橋本勝雄 訳、東京創元社、2007年)について書いた記事はこちら

2014年7月21日月曜日

Libris Geschiedenis Prijs 2014 ロングリスト



歴史ノンフィクションが対象のLibris Geschiedenis Prijs、ロングリストが発表となりました。8回目となる今年選ばれた候補作は、10作品中5作がいわゆる自伝もの。その他、学術史あり、第二次世界大戦中の陰謀説に切り込むものあり。また、タイミングの妙というのか、クリミア半島がニュースで頻繁に取り上げられるようになってから出版され、話題になった本もあります。
  • Caroline Hanken - Madame Vérité: Een waarzegster in de kringen rond Napoleon - Atlas Contact ナポレオン時代に人気を博した女性占い師の生涯
  • Dik van der Meulen - Koning Willem III 1917-1890 - Boom オランダ国王ウィレム3世(在位:1849〜90年)の知られざる側面
  • Marc Janssen - Grensland: Een geschiedenis van Oekraïne - G.A. Van Oorschot 古くから周辺民族・国の支配下に置かれてきたウクライナの歴史
  • Hans Daalder en Jelle Gaemers - Premier en elder stateman: Willem Drees 1886-1988. De jaren 1948 - Balans 1948〜58年にかけてオランダの首相を務めたウィレム・ドレースの伝記 
  • Piet de Rooy - Ons stipje op de waereldkaart: De politieke cultuur van modern Nederland - Wereldbibliotheek 19・20世紀の世界史における小国オランダ
  • Sandra Langereis - De woordenaar: Christoffel Plantijn, 's werelds grootste drukker en uitgever (1520-1589) - Balans 16世紀ネーデルラントの印刷・出版業者プランタイン(プランタン)の伝記
  • Reink Vermij - De geest uit de fles: De verlichting en het verval van de confessionele samenleving - Nieuwezijds b.v. 啓蒙時代の評価と当時の社会的課題の再検討
  • Bas von Benda-Beckmann - De Velser Affaire: Een omstreden oorlogsgschiedenis - Boom レジスタンス運動をめぐる陰謀説の解明
  • Marita Mathijsen - Historiezucht: De obsessie met het verleden in de negentiende eeuw - Vantilt 19世紀ヨーロッパに起こった歴史熱の高まり(「歴史の民主化」)についての考察
  • Annejet van der Zijl - Gerard Heineken: De man, de stad en het bier - Querido's Uitgeverij ビール会社ハイネケンの創始者の一代記
2013年の受賞作は南アフリカ・ボーア戦争の記録でした。今年のリストは、ウクライナは別として、西ヨーロッパで固めた印象。オランダ近現代史は当然ヨーロッパの外も見るのでしょうが、どんな切り口なのか興味があるところです。

去年のロングリスト紹介はこちら

2014年6月4日水曜日

ヨーロッパ文学賞ショートリスト


「オランダ語に翻訳されたヨーロッパ文学賞(Europese Literatuurprijs)」のショートリスト5作品が発表されたのでメモ。
  [著者、オランダ語版タイトル(原書タイトル、言語)、翻訳者、出版社の順]

  • Jesús Carrasco、De VluchtIntemperie、スペイン語)、Arie van der Wal、Meulenhoff
  • Jérôme Ferrari、De preek over de val van RomeLe Sermon sur la chute de Rome、フランス語)、Jan Pieter van der Sterre & Reintje Ghoos、De Bezige Bij
  • Edgar Hilsenrath、Fuck AmericaFuck America、ドイツ語)、Elly Schippers、Anthos
  • Ismail Kadare、Het reisverbodE penguara、アルバニア語)、Roel Schuyt、Van Gennep
  • Tomek Tryzna、Bleke NikoBlady Niko、ポーランド語)、Karol Lesman、De Geus

2011年に創設されたこの賞も今年で4回目。受賞作の著者と翻訳者に賞金が与えられます。最初(→ブログで紹介)は著者に1万ユーロ、翻訳者に2,500ユーロだったのですが、昨日の新聞記事によると翻訳者の賞金が倍の5,000ユーロになっていました。発表は9月の初めです。

2014年4月9日水曜日

ウィルダースPVV党首の「モロッコ人」発言をめぐって

3月19日の全国自治体選挙の投開票日の夜。ハーグ市の慰労パーティーでお祭りムードの中演壇に立ったウィルダース党首は3つの質問(「政党PVVを定義する質問」)を聴衆に投げかけました。
—この街、そしてオランダで、君たちはどちらを望む?
 その1:EUを増やすか減らすか。           聴衆:「減らす!」
 その2:PvdA(労働党:連立与党)を増やすか減らすか。聴衆:「減らす!」
 その3:モロッコ人を増やすか減らすか。        聴衆:「減らす! 減らす!」
 (「減らす!」が16回響いた後で)
—わかった、だったらそうなるようにしよう。

ウィルダースはこの前の週、応援演説の最中に「モロッコ人は少なければ少ないほどハーグの街のため」と発言し、批判されると報道陣の前でもう1回繰り返して波紋を呼んでいたのですが、このニュース(と映像)が流れると大騒ぎになりました。翌日から、前代未聞の告訴・告発が続き、警察の窓口もパンク状態。先週やっと発表された暫定集計では5000件超。これとは別に、ウェブ上でできる差別に関する届出も15000件以上あるとのこと。起訴・不起訴が決定するまではまだしばらくかかるようです。

そもそも起訴に持ち込めるのか。起訴するにしても、何についての審理になるのか。専門家の間でも意見が分かれています。2011年、ウィルダースのイスラム教批判がヘイトスピーチにあたると提起された裁判では、宗教への言及は表現の自由の範囲内であるとの判断が下ったのでした。しかし今回は、(程度の差はあれど)個人が選択できる宗教ではなく、「モロッコ出身」という自分では選びようのない事実についての発言。反響の大きさもさることながら、対応がまずければ検察の信頼性も揺るぎかねません。

[メモ]
オランダの刑法で規定されている刑罰
人種、宗教または信条、性別、性的志向、身体・精神・知的障害を理由に、
ある人に対して公共の場で憎悪や差別、暴力行為を煽る表現を行う(第137d条)
ある人々の集団に対して公共の場で故意に侮辱的な表現を行う(第137c条)
者には最長1年の懲役または罰金、
職業上または慣習的にこれを行う者、もしくは結社には最長2年の懲役または罰金。

2014年2月12日水曜日

出版企画支援サイトTenPages、活動を停止


出版に特化したクラウドファンディングのプラットフォームTenPages.comが、2月7日に活動停止を発表しました。2010年2月のスタート時にはかなり注目され、ここが発端となった話題作もありましたが、さまざまな作品を制作者につないで利益を出し続けるというところが厳しかったのかもしれません。

TenPagesは、いわゆる「投資型」のファンディングでした。作家デビューを目指す人が出版したい作品の原稿を少なくとも10ページ公開し、1口5ユーロで出資を募ります。4カ月以内に2,000口(=10,000ユーロ)集まるとパートナーである複数の出版社に企画として提案、首尾よく書籍化されれば、出資者は書籍の販売利益から配当を受け取るというしくみ。活動停止を知らせる創業者のコメントによると、4年間に公開された原稿は2,124本、うち66作品が実際に書店に並んだとのこと。

昨年夏にはTenPages Specialsという新しいビジネスモデルも提案していました。こちらはすでに知名度のある人を対象としたプラットフォームで、出資者には金銭のリターンではなく、出版物やアプリ提供、あるいはワークショップ参加などを想定。しかもこれはパートナー出版社に回さず、自前で発行・販売する方法を考えていたようです。昨年末の創業者インタビューを観ると、業界のシステムを変える新規参入の挑戦のはずでしたが……

動いていたプロジェクトがどうなるのかは、いまのところはっきりしません。よくTVに出ている男性のモデルがクラシック音楽のガイドブックを出すプロジェクトがありましたが、これはどこかの出版社が手を挙げるでしょう。そんなケースではなく、本来のTenPagesで「続きを読みたい」と作品を支持した人たちの気持ちを無駄にしない解決策をまとめてほしいところです。


付記:この後、2月25日に破産手続きが開始されたというニュースがありました。


2014年1月21日火曜日

オランダの図書館で電子書籍の貸し出し開始 [メモ]

今朝のニュースから。

オランダの図書館のネットワークで電子書籍の貸し出しサービスが今日から始まる。ウェブサイトBibliotheek.nlに図書館の利用証の番号を登録すればデータが取得できる。貸出期限は3週間。利用料は当面無料。ただし4月以降は刊行から3年以内の書籍については20ユーロで18冊分のアクセス権を買うシステムになる…

貸し出し1件ごとに出版社に支払われる使用料が紙の本よりも電子書籍の方が高いとか、「タイトルごとのアクセス件数に制限があるため、紙の本と同じように『貸出中』となる場合もある」と書いてあるニュースも見かけましたが、いまのところ詳細は不明。何か見かければ追記します。


2014年1月6日月曜日

2014年

あけましておめでとうございます。

楽しいことを楽しむ。
呼んでくれる本を読む。
そしてなにより、元気でいる。


オランダは例年にない暖かさ。
この国で日々の気温が記録されるようになったのは1901年だそうですが、今日は観測史上最も暖かい1月6日となるとか。平均気温5度前後、雪が積もっていてもおかしくない時期。なのに日差しも柔らかく、お昼すぎの時点で13度を超えています。