2012年10月31日水曜日

オランダ、ルッテ首相再任で新内閣発足

9月の総選挙から1カ月半で連立協議がまとまりました。僅差で第1党となったVVDのRutte党首が首相として続投、前政権時代に最大の野党であったPvdAとの新内閣が来週にも正式に発足します。投票日までは財政緊縮策について真っ向から対立していた両党が短期間のうちに妥協案を成立させたことには驚きの声がありました。今回、交渉期間中メディアへの対応は一切しないと発表され、また(少し意外ながら)これが守られたことも関係しているようです。うるさい外野がいなくて話がはかどったということか。

連立合意の内容ですが、日刊紙de Volkskrantは土曜日(10月27日)の新聞で以下の12項目を挙げていました。

  1. 住宅ローンの控除制限
  2. 所得税減税
  3. 国際開発援助の予算減額
  4. 健康保険の保険料を世帯収入に応じて決める制度の導入
  5. 健康保険料の補助制度廃止
  6. 同性婚の受理拒否の禁止*
  7. 労使関係:使用者の負担増(補助金カット+社会保険料アップ)
  8. 国民年金の受給年齢引き上げ:2018年には66歳、2021年には67歳
  9. 持続的な開発にかかわる分野での予算削減
  10. 付加価値税率21%(2012年10月より施行)
  11. 公務員の給与据え置き
  12. 家主(家賃収入)に課税

* オランダでは法的な結婚式は専門の市役所職員(公務員)が行うが、同性の結婚式をボイコットする公務員がいることが問題になっており、議会で審議もされた。ただし、政府としては具体的な対策は行ってこなかった。

今日はこの合意について下院の会議があり、4の保険料制度で激しい議論の応酬があったようです。ニュースによれば、保険会社の顧客センターにも「来年の保険料はいくらになるのか」と問い合わせの電話がかかっているとか。来年に話を詰めて、施行は早くても2014年からということになるでしょうが、どのように具体化されるのか気になります。

2012年9月17日月曜日

卒業試験を聞いた

ドイツ語の夏期講習を終えて、その後どうしてものことを片付け、駆け込みで夏休みを取ってオランダに戻ってきたらすっかり秋になっていました。朝晩の気温はすでに1桁。涼しいを通りこして寒い。

まだ薄着で歩いていられた8月末の話ですが、知り合いの大学院修了試験に行ってきました。修論の代わりになるプロジェクトに関するプレゼンテーションと質疑応答、そのあと本人と指導教授陣が別室で15分ほど話し、戻ってきて修了試験の合否と成績を発表するというスタイル。専攻によって、大学によっていろんなやり方があるようですが、彼は建築工学とデザインのダブルメジャーで、テーマは歴史的モニュメント。具体的な場所や機能も含めた設置の提案でした。構造設計・計算はまだこれから(笑)ということで、コンセプトの説明が中心の発表だったのが助かった。ちゃんと話についていくことができました。

小さなホールに、家族や友人、ゼミ仲間の学生さんたち含めて50人くらいはいたでしょうか。指導教授が会場からも質問を、とやわらかく促す。これがふつうなのかどうかはわかりませんが、学生からの(多少お約束的な)質問のほかに、専門外の人が出したコンセプトの成り立ちについての問いに聴衆の1人が補足説明を加えたり、なかなかおもしろかった。その後の別室での討議も無事に済んで、試験合格、成績は9と発表され大拍手。9は日本だと優(A)の上、秀とかA+という評価。おめでとう、おつかれさま、に、すごいね、が加わったのでした。

学生時代の特権と言ってしまえばそれまでだけど、ひとつのことにじっくり向き合って、自分の答えを探すおもしろさ。ストレートに伝わってきました。誘ってもらえてうれしかったし、行ってよかったです。

2012年8月2日木曜日

ドイツ語夏期講習

夏期講習というと受験生みたいですが、7月半ばからドイツ語の夏休み講座に参加しています。先生は言語学を専攻している元気な若い女性。お母さんは韓国の方だそうで、本人曰く「見かけはアジア人だけど頭はドイツ製」。「ドイツ的」を説明するわりと辛口の視点がおもしろい。この1年続けてきたクラスとはまったく違うリラックスした雰囲気で進んでいます。これは、結局7〜8人とお互いの顔が見えるグループになったことも大きい。本当なら今週で終わりのはずが、来週もおまけで授業をしてくれることになりました。せっかくなので行けるよう調整。

ドイツ語は、翻訳はしているものの、自分で話すためのことばを持ってないと思っていました。でも、楽しい刺激でおしゃべり用の引き出しができてきたような気がしています。この芽みたいなものの感触をどうやって維持していくかが次の課題。

2012年7月23日月曜日

Libris Geschiedenis Prijs 2012 ロングリスト


Librisというと文学賞が話題になりますが、"Geschiedenis Prijs"という歴史ノンフィクションに対する賞もあります。当然ながら扱われるテーマもさまざま、年代も幅広いのですが、候補作のリストを眺めると、共通するところがありそうな作品が並んでいたりします。これはこれで、その時期のオランダ語圏の関心を示しているようで興味深い。


今年ロングリストに選ばれたのは以下の10点。(著者 - 作品 - 出版社名の順)

  • Peter Raedts - De ontdekking van de Middeleeuwen: Geschiedenis van een illusie - Wereldbibliotheek 中世に対する認識の変遷
  • Jan Willem Stutje - Ferdinand Domela Nieuwenhuis: Een romantische revolutionair - Houtekiet オランダの社会主義運動の第一人者といわれるDomela Nieuwenhuis(1846 - 1919)の伝記
  • Marja Vuijsje - Ons Kamp: Een min of meer Joodse geschiedenis - Atlas 収容所を生き延びたアムステルダムのユダヤ人家族の歴史
  • H.L. Wesseling - De man die nee zei: Charles de Gaulle 1890-1970 - Bert Bakker ド・ゴール仏大統領の伝記
  • Jos Palm - Moederkerk: De ondergang van Rooms Nederland - Atlas-Contact オランダのカトリック教会の地位の変遷
  • Bart van der Boom - 'We weten niets van hun lot': Gewone Nederlanders en de Holocaust - Boom 第2次世界大戦中の日記から読み解く「普通のオランダ人」にとってのホロコースト
  • Piet Emmer, Jos Gommans - Rijk aan de rand van de wereld: De geschiedenis van Nederland overzee 1600-1800 - Bert Bakker 17〜18世紀大航海時代のオランダの繁栄
  • Coos Huijsen - Nedrland en het verhaal van Oranje - Balans オランダ建国以来の国とオラニエ公家とのかかわり
  • Ileen Montijn - Hoog Geboren: 250 jaar adelijk leven in Nederland - Atlas/Contact オランダ貴族250年の歴史
  • Lodewijk Petram - De bakermat van de beurs: Hoe in zeventiende-eeus Amsterdam de moderne aandelenhandel ontstond - Atlas 東インド会社の設立から見る17世紀の証券取引市場設立の歴史

最後の本はギリシャの出版社が翻訳権を買ったというニュースを読んで以来気になっていますが、もともと博士論文だそうで、読み通せるかどうか。ちなみに受賞作の発表は10月末です。

2012年7月10日火曜日

オランダの解雇規制緩和論 [メモ]

失業保険制度改革と一緒にすすめられる解雇規制緩和についてのメモ。

オランダの解雇規制
使用者が従業員との雇用契約を解除するには、4通りの方法がある。

  • 即時解雇:不正行為があったなど極端な場合。失業保険は基本的になし。

これ以外の方法では、使用者は解雇にあたって許可・同意を得る必要がある。この際使用者は、解雇の理由をまとめた従業員個人ファイルを準備しなければならない。無期限・期限付きの雇用契約いずれの場合でも、雇用者側の理由があっての契約解消では失業保険の給付が受けられる(雇用期間についての条件あり)。
  • 簡易裁判所での手続き:比較的早い。解雇が認められるケースがほとんど。使用者は、裁判所が定める解雇補償金を支払う。
  • UWV(失業保険給付を行う行政機関)での手続き:時間がかかる。解雇補償金なし。
  • 終結合意書:使用者・従業員双方の合意による。雇用終了日などについて条件を決める。補償金あり。
問題点
解雇の方法によって補償金の有無とその額に差が生じる。


6月半ばの状況
Kamp社会・雇用相(VVD)の解雇規制緩和案が明らかになる。
4月末の5政党間合意では、解雇規制の簡素化、失業保険の財源に関する変更、解雇補償金の廃止が述べられていた。これより一歩進んで、簡易裁判所またはUWVへの解雇許可申請の手続きを廃止したい意向。

使用者が解雇を通知し、解雇の理由を現状と同じ方法でまとめる。従業員はこれに対して異議申し立てを行うことができるが、使用者がその申し立てを退ければ解雇。従業員が解雇を受け入れない場合は裁判で妥当性を判断する。
もし解雇が不当であると認められれば、復職、または解雇補償金の支払い。
ただし、補償金の額は勤務年数あたり給与半月分、総額では給与1年分が限度と、現状よりも大幅減。
解雇予告期間は一律2カ月に(現状は契約形態によって1〜4カ月)。リストラの際に年齢層や勤務年数を反映させることや、病気を理由とする解雇の禁止等は変わらず。

使用者に一方的に有利な改革か
そうともいえない。
- 従業員が理由(個人ファイル)なしに解雇された場合、裁判所は復職を決定することができる。
- 失業保険の最初の6カ月間は使用者が負担する。正規の失業保険とは異なるとの位置づけで、解雇前の月給よりは少ないが失業保険給付よりは多い額。失業保険の受給期間は、この6カ月間を含めて最長38カ月。
- さらに、使用者は解雇した従業員に対して「転職支援金」を支払う。雇用年数1年あたり月給の25%として計算、年俸半年分を限度とする。

改革が実施される見通し
厳しい。担当相は秋に法案を提出したいとしているが、まず9月に総選挙。連立協定を詰めていくなかでこの方針が弱められる可能性もある。ただし、失業保険制度改革による歳出削減(5億ユーロの)は2013年の予算にすでに織り込まれているため、新内閣としても簡単に一蹴はできない。労働組合や使用者団体との協議もあるが、どのタイミングで実施されるかは不明。

2012年6月29日金曜日

オランダの失業保険制度改正論 [メモ]

オランダの失業保険制度改正についてのメモ。

オランダの失業保険(Werkloosheidswetuitkering、WW)

  • 65歳以下の労働者が週5時間以上の労働時間を喪失する場合が対象となる。
  • 自主退職や違法行為を理由とする即時解雇などは対象外。
  • 失業前の36週間中26週以上にわたって賃金を得ていれば、喪失した労働時間分について、この賃金の70〜75%相当額が保障される。
  • 受給期間は3カ月から最長で38カ月。
  • 再就職して「喪失した時間」についても受給資格あり(例えば週36時間の契約で失業し、新しい仕事が24時間の労働の場合は12時間分の失業とみなされる)。

2012年4月半ば頃までの状況
制度の改正(=受給期間の短縮)は以前から言われており、第1次Rutte内閣が成立した2010年の選挙でも争点となっていた。連立与党VVDとCDAは短縮派だったが、閣外協力のパートナーPVVは反対で、連立協定では雇用法関係の論点(失業保険法改正と解雇規制の緩和)には触れないとされていた。
不況に加えて、ユーロ参加国として財政赤字をGDPの3%以下に抑えるという義務が2013年以降は守れないという見通しが明らかになり、与党VVD、CDAとPVVの3党が緊縮財政案について協議(3月初旬〜)するなかで、改正の可能性が検討された。

その際に出た(と報道された)案
- 受給期間を最長1年に短縮
- 給付金の最初の半年間は使用者側が負担 < 解雇規制緩和と引き換え
- 給付金の額:最後の給与の75%という水準を70%(あるいはそれ以下)に減額 
< 現行制度では給付開始後最初の2カ月間は75%、その後は70%
- 年齢が高い失業者向けの補填分は廃止
- UWV(失業保険給付を行う行政機関)の予算、各自治体の就業支援の予算削減

緊縮財政案自体は年金、教育・福祉、付加価値税など、多方面での改革と抱き合わせであり、どう落ち着くかははっきりしないが、4月末には骨格が明らかになる見込み。経済政策分析局(Centraal Planbureau、CPB)が効果を計算、微調整を経て内閣の正式発表となるが、法律改正が必要なものについてはその後議会で審議という手順を踏むので、実際に改正がなされるのは早くても来年の後半。9月半ばの来年度予算案の発表がひとつの目安になる。

4月23日、Rutte内閣総辞職 総選挙が9月12日に実施されることに

VVD、CDAとPVVの交渉は決裂したが、2013年度の予算成立に向けて5党(VVD、CDA、GroenLinks、D66、ChristenUnie)の合意が直後に成立。失業保険関連では以下が決まったが、具体的にどう実施するかについては不透明。

- 失業保険の給付額・期間は変更なし
- 失業保険の最初の6カ月間については使用者側が負担(2014年より)
- 解雇/退職手当の制限 
> 一定額を超える部分は"work-to-work(転職支援)"の講習等に充当
- 失業保険の保険料・雇用者負担分は(来年一時的に)引き上げ

今後の方向性を明らかにするはずの来年度予算案発表(女王演説)が、今年は9月18日と総選挙の翌週というタイミングで行われる。選挙の結果によっては、新制度の計画が消えてしまうことも考えられる。

2012年6月19日火曜日

Zilveren Griffels (銀の石筆賞)

2011年に出版された子どもの本を対象とした賞、今年は9作品が受賞となりました。このなかから、秋に「Gouden Griffel (金の石筆賞)」が発表となります。オランダ語で制作された子どもの本の奨励賞なので、「金〜」についてはフィンランド語からの翻訳作品である"Ik en de rovers"以外が候補作。いまどきちょっと了見が狭いという気がしなくもありませんが。実際に去年は、イラストに対して送られる「Zilveren / Gouden Penseel(銀/金の絵筆賞)」でオランダ語オリジナルの該当作がなく、史上初めて翻訳作品ばかりという事態になったのでした。

Zilveren Griffel 受賞作(作家 - タイトル - 出版社)

<6歳まで>
Wouter van Reek - Keepvogel en Kijkvogel - Leopold
Sjoerd Kuyper - O rode papaver, boem pats knal! - Lemniscaat

<6歳から>
Siri Kolu - Ik en de rovers - Gottmer
Edward van de Veendel - Toen kwam Sam - Querido

<9歳から>
Truus Matti - Mister Orange - Leopold
Harm de Jonge - Vuurbom - Van Goor

<読み物>
Jacqueline van Maarsen - Je beste vriendin Anne - Querido
Bibi Dumon Tak - Winterdieren - Querido

<詩>
Ted van Lieshout - Driedelig paard - Leopold

Sjoerd Kuyper、Ted van Lieshout、Bibi Dumon Takと、こういった賞の常連の作家の名前が並んだ手堅い印象のリスト。個人的にはKeepvogelが入っているのがうれしい。これはシリーズもので、どれも味わい深いというか、くすくすっと笑えるストーリー展開が楽しくおもしろい。DVDも持っていますが、6歳までのカテゴリーになるというのは多少意外に思いました。今回の受賞作はハーグ市立美術館のモンドリアン展(2011年)と連動した企画。なお、Mister Orangeもこの展示にあわせて発表された本だったそうです。


2012年6月1日金曜日

オランダ・ミステリガイド 2012年


オランダ語で出版されたミステリをまとめたガイドブック、VN Detective & Thrillergidsが発売されました。第33号となる今号では、2011〜2012年に出版された380作品と、それ以前に出(て評価の高かっ)た314作品がまとめて解説されています。

去年は北欧の作品が多い印象でしたが、今年はそれほどでもなく。かわって目についたのはスペイン語圏やイタリア語からの翻訳。英語圏の作品は、いわゆる大御所はともかく、数に比べて評価が高いものは少なめのようです。


「大賞」に選ばれたのはDeon Meyer。南アフリカ発のミステリというのも珍しい。ケープタウンを舞台とした警察小説と紹介されています。大賞を含め5つ星(満点)を獲得したのは以下の7点。久々にオランダ語オリジナルの作品(C. den Tex)がリスト入りしました。
  • Deon Meyer - 13 uur(原題:13 Uur, 2008)- A.W. Bruna
  • R.J. Ellroy - De helden van New YorkSaints of New York, 2010)- De Fontein
  • Jo Nesbø - De schimGjenferd, 2011)- Cargo
  • Ferdinand von Schirach - SchuldSchuld, 2010) - De Arbeiderspers
  • Charles den Tex - De vriend - De Geus
  • Stephen King - 22-11-1963(11/22/63, 2011) - Luitingh
  • Domingo Villar - Het strand van de verdronkenenLa playa de los ahogados, 2009) - Karakter
オランダ語オリジナルの作品は概して評価が低いのですが(星1つ、中には0というものも)、ベルギーの作家には星4つの評価が複数ありました。そのうちの1冊、Terug naar Hiroshima(Bob Van Laerhoven, Houtekiet, 2010)はプロットについていけず挫折した本。遠い国日本の話という読み方ができなかったのでした。

ちなみに日本の作家では唯一、東野圭吾の『容疑者Xの献身』が「サイコスリラー」というジャンル分けで3つ星評価を獲得しています。




2012年5月15日火曜日

新古書フェアで

毎年春にある新古書フェアに今年も行ってきました。オランダ語の本はもちろん、英語の本や専門書も安くて重宝しているのですが、今回はちょっと期待はずれ。本の数は例年より多かったけれど、翻訳含めたミステリのスペースが広くなり、文芸書は少なめ。英語のノンフィクションは見かけませんでした。

ミステリ本は、かなり話題になった作品も天地にペンの筋が入ったものが山積みされていました。これは新品を「古書」にするテクニック。新装版を書店に並べるためなのか、単に売れ残っていただけなのか。エンターテイメント系の本は夏の休暇シーズン前に新作や新版が出るのが恒例。とはいえ最近は電子書籍に乗り換えた人も多いだろうし、手軽なものほど紙の本は売れなくなっていると言われていますが、会場の混み具合からすると、新刊書の価格設定がそもそも高すぎるのかも。売れない、ではなくて、売れるようになってない、ということなのかなあと思ったり。

2012年4月25日水曜日

Kweenie

ある晩のこと。語り手の女の子が寝る準備をするところから物語は始まります。いつものように、お母さんが「むかしむかしあるところに...」とお話を始めますが、電話だと呼ばれて階下へ。女の子が部屋にひとりでいると、突然何かがベッドの上に落ちてきました。この生き物、口はきけるものの、自分が誰なのかわかりません。(彼?の)お話の世界からこぼれ落ちてしまったらしいのですが、それはまだ始まったばかりだったとのこと。しかも彼、何をたずねても「Kweenie:わ〜んない」といって泣き止まない。仕方がないので女の子は「わ〜んない」のお話を一緒に探すことにします。「むかしむかしあるところに...」で始まるお話。がんばって「あるところ」のことを考えると、2人はいろんなお話の中に投げ込まれるのですが、どれも探しているものではありません。あきらめ気味の女の子が「あるところに」と叫んで行き着いたのは、「わ〜んない」が知っている世界でした。そして女の子も、「ある晩のこと」で始まる自分の物語、彼女の世界に無事戻ったのでした。

入れ子の入れ子の...という構造がおもしろい。ありがちなストーリー展開とはいえ、得意の言葉遊びや文章と一体になったイラストの効果で、読む・眺める・考えるができる本。Appもあって、著者本人による朗読が聞けます。自分で読むのも選べるけれど、こちらは効果音etc.入りのいわばカラオケバージョン。なのでそれなりのスピードで読めないと、いろんな工夫がかえって邪魔になる気がします。ゆっくりじっくり読むにはやっぱり紙、ということかな。


Joke van Leeuwen, Kweenie, Querido, 2003, ISBN: 90 451 0023 1.
App KWEENIE (iTunes Preview)

2012年3月2日金曜日

Met alle respect:誰かへの思いやり

オランダの中堅実力派コメディアン、テオ・マーセン(Theo Maassen)のショウに行ってきました。役者としても活躍していて、一見ふつうながら実はおかしいところのある人を演じるとすごくはまる。ずっと隠してきた怒りが制御できなくなるとか、必死の状況のなかでふくらんでいく狂気とか。

オランダ語でcabaretと呼ばれる演芸はスタンダップコメディと訳されることが多いけど、ちょっと違う。たしかに、小話を矢継ぎ早に繰り出すというパターンもあるし、日本のコントのようなのも人気。でも主流はモノローグ。1時間半くらい、観客を相手に何かを語って聞かせる芸。

今回も、独特の露骨な発言を交えてたくさん笑いを引き出していました。ただし、笑い飛ばすというのではなく、考えのタネをあっちこっちに仕込んでいるような、頭のいい人の舞台。例えば、どきっとさせられたのは次のひとこと。
昔の政治家は夢を描き、どうすればそれが実現できるかを語った。いまの政治家は悪夢のシナリオを示して、それが現実にならないために何をすべきかを説明している。
外国のドキュメンタリーで観たと前置きしていたけれど、これを(乾いた)笑いが生まれるように引くのがうまさなのでしょう。

ショウのタイトルは"Met alle respect"。英語の"with all (due) respect"と同じで、相手の意見に反対するときに使う「失礼ながら/お言葉ですが」というフレーズです。舞台でも取り上げられていたように、オランダの社会は外国人・よそ者排斥を堂々と訴える声が強まり、それがなんとなくふつうのことになりつつあります。これをふまえれば、単語レベルの「できるかぎりの配慮を」という意味も込められていると感じました。それでこそ、結末部分の「(家族が、観客が、○○が)ここにいてくれてうれしい」という言葉が生きてくるのではないかと。






2012年2月3日金曜日

生のかたち:Een vorm van leven

神戸生まれのベルギー人作家アメリー・ノートン。こういうのを軽妙な筆致というのかな。もちろんオランダ語で読んだのですが、文章のリズムがきもちよく、最後の数ページまでひっぱっていかれました。次々と読み進めていけるというのは物語の構成力だろうけれど、訳文の感触がよかったことが大きいかも。今回はいつものベテランではなく、若手、というか同年代の翻訳者さんが手がけたらしい。

作家アメリー・ノートンは手紙好き。大量のファンレターにも目を通し、すべてにではないにしろ、かなりたくさんの手紙に返事を書くことを続けている。ある日、イラクに駐留するアメリカ人兵士からの手紙が届く。「...ここでの毎日は地獄です。あなたにならきっとわかっていただけると思います。お返事お待ちしています...」 一風変わった第1信に興味を引かれた作家はすぐに返事を出し、文通が始まる。この兵士、メルヴィンは、単純に食事にありつけるからという理由で軍隊に入隊し、バグダッドに送られた。戦地でも食べ続け、現地での体験・ストレスから深刻な肥満状態にある。彼によれば、これは一種のサボタージュ。ハンガーストライキの逆をいって、アメリカ政府に彼の食費や軍服(サイズXXXXL!)その他の装備の費用を負担させ続ける抵抗運動であるという。彼はアメリーとの対話から、その巨大な体は彼自身が生み出した芸術作品であるという理解に至る。頻繁にやりとりしていた2人だが、メルヴィンからの返信が突然途絶え、アメリーはいろいろな手を尽くして彼の消息を知ろうとする。そうして探し当てた真実のためにアメリーはアメリカに...。

設定について深読みすべきではないけど、これはアメリカ軍の兵士でなければならなかったんでしょうね。コンパクトなのにいろいろ考えながら読ませる本でした。


Amélie Nothomb, Een vorm van leven(原題:Une forme de vie、翻訳:Daan Pieters), De Bezige Bij Antwerpen, 2010, ISBN: 9789085422518.

2012年1月19日木曜日

オランダ語の字幕

思ってもみなかったつながり方で、オランダ語の字幕翻訳の仕事をのぞかせてもらいました。

きっかけは、字幕翻訳者さんのツイートがRTで回ってきたこと。「日本語のできる人にちょっと聞きたいことが...」というのに「いますぐじゃなければお手伝いできるかも」と連絡してみたところ、メールでのやりとりに発展。

日本映画を英語字幕からオランダ語に訳しているのだけど、ここの意味が通らない。わかる? どうして唐突にこんなセリフが出てくるの? という質問に順番に答えていたら、「ほかにも気になるところがあるし、全体をみてもらえるとうれしい。クライアントにも話を通して、予算もつけてもらったから」と。こんなことってあるんだ...と思いながら、やらせてください、とお返事しました。

で、英語の字幕がついた映像ファイル、それからオランダ語の翻訳はワードで到着。SSTなんて持ってないので、要確認のところは字幕の番号じゃなくてタイムコードでリストアップしてもらって、なんとか私なりに作業できる状態に。

字幕の翻訳は、ちゃんとしたかたちではやったことがありません。ずいぶん前、プレゼンテーションのビデオやPRの映像に多言語の字幕というか、説明をつけるといった案件が続いたことがありました。そのときに要求されたのは「とにかく見た目の長さを同じに」ということ。いまやツイッターで一目瞭然ですが、日本語は1文字あたりの情報量が多い。で、このときは漢字でコンパクトに表記できることをカタカナにしたり、読みづらくなるのを承知で最終加工をしたのでした。まったく逆方向の作業ですよね。テレビ番組の一部を翻訳したこともありますが、これは字数は関係がなかったし。

文字の情報として何をどこまで出すか、切るか、という判断はいつも難しい。そこに文字数の制限があるとなおさらです。また、この映画は(ベルギーでの公開用に)フランス語でも字幕が入るということで、スペースがさらに限られていました。脚本も何もなしで、数行のあらすじと英語字幕からオランダ語の世界が立ち上がってくるように、簡潔な表現はもちろん、文化的なところも凝縮した1行にする。たいへんな仕事です。私はあれこれ思いつくままに説明を書いていればよかったわけですが、それを汲んで流れるセリフを組み立てる彼女の感覚はすごいと思いました。

公開されたら映画館に行くつもり。楽しみです。


2012年1月3日火曜日

2012年


あけましておめでとうございます。


小さな音に耳をすませよう。