2015年12月24日木曜日

Prettige feestdagen


今年最大の山を越えて、ひと息つけるかと思っていたけれど、そうでもなさそうな。
それでも、久しぶりの人とゆっくり話したり、静かに考えることも含めて、時間の流れが少し変わる時期。がんばれたことに感謝。


2015年11月25日水曜日

『アンネの日記』の著作権、2015年末では切れず?


アムステルダムにあるアンネ・フランク・ハウスを管理しているAnne Frank Stichting(アンネ・フランク財団)と、スイス・バーゼルにあるAnne Frank Fonds(アンネ・フランク基金)。資料の展示や記念TVドラマの制作をめぐってぎくしゃくしているというのはこれまでもニュースになっていましたが、また新たなもめごとが表面化しました。今度は『アンネの日記』の著作権について。

アンネは1945年に強制収容所で亡くなっており、死後70年が経過する2016年1月から、『アンネの日記』は著作権フリーとなる……と思われていたのですが、「基金」側がアンネの父オットーが共著者であると主張。オットーが亡くなったのは1980年なので、そこから50〜70年となると、2030年、あるいは2050年と、ずいぶん先の話になります。

バーゼルのアンネ・フランク基金は、1963年にオットーが設立。『アンネの日記』の著作権を管理しています。一方、アムステルダムのアンネ・フランク財団は、もともとは隠れ家の建物(現在のアンネ・フランク・ハウス)の解体を阻止する目的で、1957年にこちらもオットーが設立したのでした。

「財団」はあくまでアンネが唯一の著者という立場ですが、『日記』普及版を整理して1947年に発表したのはオットーであるという事実は否定していません。Volkskrant紙の記事には、共著者であるか否かが裁判で争われることになったとしても、アンネが書いた日記の文章に共著者の存在が認められるとは思えない、というアムステルダム大学の研究者の発言が引用されています。ただし、1986年に初めて発表された部分[オランダ戦争資料研究所(NIOD)が編纂した版を指していると思われます]については、1995年以前の著作権法の経過措置として「公表後50年」の保護期間が適用される可能性があるとのこと。

「財団」では新版に向けた調査研究を進めているそうですが、これで刊行の見通しが立たなくなってしまった模様。オットー・フランクが共著者であり、オランダ(EU)での著作権保護期間は2050年までという「基金」の見解には反対を表明したものの、どう解決に持ち込むつもりなのか。これまでの経緯もあってなんとも複雑です。


2015年9月26日土曜日

物語が生まれるところ:Stikvallei



1986年8月21日夜、アフリカ・カメルーン北西部に位置するニオス湖で何かが爆発するような音が響いた。翌朝、周辺の村落の住民およそ1800人と、その何倍もの数の家畜や動物が窒息死しているのが見つかる。家屋や植物に一切被害はなかった。山奥の谷でいったい何が起きたのか。湖底火山の噴火、二酸化炭素の噴出、中性子爆弾の実験、あるいは天罰・神の仕業——さまざまな説が飛び交う。

これら説明の物語はどのようにして生まれたのか。「事実が少なければ少ないほど、物語はふくらむ」と著者は考える。しかも誕生した物語(著者はこれを「mythe(=英語のmyth)」と呼ぶ)は進化し、おおもとにあった(はずの)事実の描写が伝言ゲームのように変容してひとり歩きを始め、ときには事実を退けるまでになる。

まず登場するのは火山学者たち。科学者の仕事として期待されるのは、事実に基づき原因を究明し、作り話が入り込む余地をなくすことのはずだ。ところが、彼らが唱える説のもとになっている「事実」はいかにも頼りない。地元民の話す英語は調査に入った専門家のそれとはまったく違い、例えば「smell」がにおいと味の両方を意味したり、色の名称が少ない——赤・青・黄の原色はどれも「red」で、黄色は「red like a banana」と表現される——ことが明らかになったりするのだが、そのような状況で行われた聞き取り調査の結果が根拠として示される。一方、難を逃れた地元民を保護した宣教師たちがアフリカの地にもたらしたキリスト教の物語にも、動かしようのない事実のすき間を埋める方法が用意されていた。あるいは、旧イギリス領カメルーンの人々に根強い、これは自然災害ではないとする主張。政治的な力を握っているフランス語話者が、英語話者の住む地域を壊滅させようと爆弾を使ったというのだ。この考えには、1990年に旧イギリス領側だけで14~30歳の女性を対象に実施されたワクチン接種キャンペーンが絡む。計画に反対し、ボイコットを呼びかけたカトリック神父は謎の死を遂げる。後にこれはホルモン製剤の注射で、打つと不妊になるものだったことがわかり、英語話者の人口を減じる目的だったと受け止められている(実際には避妊効果が2年ほど持続するピルで、妊娠して学校をやめることがないようにするためだった)。

著者は物語の殺し手(科学者)・運び手(宣教師)・作り手(地元民)という3つの分類を示し、それぞれの立場から見えるものの違いを浮き彫りにする。どの立場にも現象を説明するロジックがあり、事実と作り話の区別は一通りではない。本当のことと本当らしいこと、それに空想の産物が混じり合った混沌を解きほぐし、それぞれの物語にある芯をすくい上げようとする試み。その記録によって著者自身の物語が紡がれていく。自分の体験から現実を描くスタイルで知られる著者が、通常この3つの役割をひとりでこなしていることは明らかだ。資料を綿密に検証し、史実に物語としての枠組みを与え、その物語のなかで背景事情を探る——それが彼の語りの手法であり、手腕なのだろう。


Frank Westerman, Stikvallei, De Bezige Bij, 2013, ISBN 978 90 234 7865 2.

2015年6月10日水曜日

オランダ語ミステリ・ガイド 2015年


この1年にオランダ語で出版されたミステリを網羅したガイドブック、VN Detective & Thrillergids。最高点(5つ星)の評価を受けた8冊は今年も翻訳ものが独占しています。
  • Mike Nicol - Payback(原題:Payback - The Revenge Trilogy 1) - De Geus
  • Michael Robotham - Leven of doodLife or Death)- Cargo 
  • A.J. Kazinski - De slaap en de doodSøvenen og døden)- De Geus
  • Jeff VanderMeer - VernietigingAnnihilation)- De Bezige Bij
  • Arnadur Indridason - ErfschuldSkuggasund)- Q / Singel Uitgeverijen 
  • Pierre Lemaitre - IrèneTravail soigné)- Xander
  • Stephen King - De eerlijke vinderFinders Keepers)- Luitingh-Sijthoff
  • Paula Hawkins - Het meisje in de treinGirl on a Train)- A.W. Bruna 
「大賞」は審査員全員一致でポーラ・ホーキンズ。著者のインタビュー記事もありますが、こちらはさほど読みどころなし。

ガイドに収録された596作品中、北欧系は一時期に比べ数が減りました。ドイツ語オリジナルの作品が少ない印象ですが、偶然でしょうか。一方で英語はイギリス・アメリカ・カナダ・オーストラリア・南アフリカ…と範囲が広いうえに翻訳者も多いので、刊行点数が多めなのは当然。ただし今回は英語からの翻訳で評価が厳しい(★1つ/2つ)ものが目につきました。

なじみのない出版社の名前もちらほら。大手でも合併・再編がありましたが、新たにミステリ担当を置いたり、あるいはミステリ系を柱に立ち上がった会社もあるようです。

ちなみに日本発の作品は1作のみ。東野圭吾の『真夏の方程式』(ガリレオシリーズのオランダ語版3作目)が3つ星の評価でした。

2015年5月11日月曜日

言う嘘と言わない嘘


ドイツ映画 "Im Labyrinth des Schweigens"(Giulio Ricciarelli 監督、2014年)を観ました。Schweigenは「押し黙る・漏らさない」という意味なので、タイトルをそのまま訳せば「沈黙の迷路で」となるでしょうか。ちなみに英語のタイトルは "Labyrinth of Lies"。

1950年代末の経済復興に湧くドイツ・フランクフルトで、アウシュヴィッツ関係者起訴に向けて証言・証拠を追求する若手検察官の奮闘——。第二次世界大戦が終わって10数年、戦争犯罪に対する審判であったニュルンベルク裁判からも10年。世間の意識は明らかに戦争から離れていました。また、収容所の実際についてはこの頃ほとんど知られていなかったようです。 

検察に事件を持ち込んで追い払われた新聞記者を主人公があらためて訪ねる場面が印象的でした。裁判所だと思われる場所で、この記者は周囲の人間に声をかけます。
「アウシュヴィッツって聞いたことある?」
「アウシュヴィッツ、ご存じですよね?」
若い人の答えはNO、年齢がいっている人は微妙な表情で「いや…」とかわす。

主人公は、膨大な書類を整理する一方、思い出したくない記憶を抱えたホロコースト生還者を説得し、その体験を証言として残す作業を始めます。しかし、政財界や司法界にはナチ党員の過去を隠して成功した有力者のネットワークがあり、捜査は難航。挫折を味わいながらも、フリッツ・バウアー首席検事(実在の人物)をはじめとする周囲の支えを得て、収容所の実行犯の訴追を実現します。それがフランクフルト・アウシュヴィッツ裁判(1963〜65年)。映画は裁判が開廷するところで終わります。

アウシュヴィッツ裁判は、収容所で実際に手を下した者をドイツ人が自ら初めて裁き、ドイツ社会の過去との向き合い方を変えたといわれる裁判です。そこに至るまでに必要だった、山のような記録と証人の記憶をつなぎ合わせ、浮かび上がった事実をドイツの法律に照らして検討する時間。正義感や使命感を振りかざすのをやめたときに見えてくるもの。正味2時間、長いとは感じませんでしたが、終わったあとにはずっしりくるものがあって、しばらく黙りこくっていました。


2015年2月27日金曜日

目をつぶって考えた:Het verlangen van de egel


トーン・テレヘン(1941 - )の「動物の森」シリーズ6作目の主役は、はりねずみ。

秋もそろそろ終わろうとするある日、ひとりで寂しいはりねずみは、招待状を出すことを思い立つ。
どうぶつのみんなへ……どうぞ遊びにきてください。
このシリーズの動物はふつうに手紙を書いたりお茶を飲んだりしているので、別に驚かない。おや、と思うのはこの後。はりねずみがしばらく考えた末に書き足す一文。
でもだれも来なくてもかまいません。
招待状をとりあえず引き出しにしまって、はりねずみはさらに考える。しり込みするには理由があった。
もしみんな同時に来たらどうしよう?
反対に誰も来なかったら? 
ひょっとしてこのトゲが怖い?
実はみんなはお互いに行き来していて、ここには寄ってくれないのかも?

はりねずみが想像するお客さんはどの動物も一癖あって、気持ちよくお茶を飲んですごせない。そもそも、誰かが訪ねてきて本当に楽しいのか——短い話の最初から最後まで、はりねずみは迷い続ける。ほとんどずっとベッドの下で、ぎゅっと目を閉じて。

寂しいのか、それともひとりでいたいのか。自分はこのままで大丈夫なのか。タイトルにあるverlangenは「望み、ほしいもの」という意味。冬が深まる森で、あこがれが現実になったときに起こることに心がやわらかくなる。

言葉遣いはシンプルで重くないけれど、さらっとは読めない。ゆっくりじっくり、ときどき目をつぶって考えたりしながら味わった本。


Toon Tellegen, Het verlangen van de egel, ISBN 9789021456157, Querido, 2014.

2015年1月6日火曜日

2015年


あけましておめでとうございます。

楽しくするやり方を考える。
楽になる方法を工夫する。