イタリア人作家による言語をテーマにしたミステリ。物語の語り手、ジュネーブの国際機関の職員ベラミーは、通訳サービスの責任者という新しい任務に就いた。もっとも、ポストを引き受けたのは上司の命令に従ったまでで、彼自身は通訳という職業に根本的な不安感・不信感を抱いていた。
内心わたしは、多言語話者を受け入れることがどうしてもできなかった。なんといっても、いくつものことばを知っていると自慢する連中はほら吹きのように思われた。どんな人間だろうと、たくさんの外国語をわけへだてなくしゃべる能力があるはずがない。あえてそんなことをするのは不健全な行為であり、精神が不安定になるに決まっている。(13ページ)
言語は歯ブラシと同様、各人が自分の物だけを口に入れるべきである。衛生上の、礼儀作法の問題だ。他言語が持つ細菌に感染するのは危険だ。細菌が脳の毛細血管に侵入して本来の体液と混ざり合い、神が予期しなかった混沌が生じたらいったいどうなるだろう。(14ページ)
そんなベラミーは、業務中に異常な行動をとるという通訳について報告を受ける。この通訳は「原初言語」を解明しつつあると主張したが、解雇された。16カ国語を操るこの通訳は、しばらくベラミーにつきまとった後、「形見をうけとってください」と言って失踪する。やがて、ベラミー自身にも通訳と同じ言語障害が現れた。退職を余儀なくされたベラミーは、通訳を追いかけてヨーロッパ各地を転々とすることになる。
物語はベラミーの回想で展開します。穏やかな語り口の間に、苦いというか痛いというか、他人を傷つけることをいとわない要素が混ざってくるのが怖い。意外な結末では、一気に読み進めてきた解放感とあわせて、どこにももっていけない重苦しさも感じました。著者本人がEUに勤務する通訳者で、Europantという人工言語を考案したというのも興味深い。
ディエゴ・マラーニ著、橋本勝雄 訳、『通訳(原題:L'interprete)』、東京創元社、2007年、ISBN: 978-4-488-01648-7.
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