経歴に「作家・庭師」とあるGerbrand Bakker(1962 - )の
Boven is het stilを読みました。大人向けの小説としてはデビュー作(2006年)。この英語版は昨年IMPACダブリン文学賞を受賞しています(
この記事で紹介)。
主人公の男性、ヘルマーは55歳。結婚歴なし。北ホラントの農場で父親と2人暮らし。母親は10年前に亡くなり、双子の弟は19歳のときに事故で死亡。跡継ぎとして父親が目をかけていたのはこの弟ヘンクだったが、ヘルマーは大学での勉強を断念せざるを得なくなる。それから35年。朝早く起きて、動物(乳牛、羊、鶏、そしてロバ)の世話をし、農場まわりの仕事を片付けるだけの毎日。そこに突然、弟の元婚約者から手紙が届く。その後、彼女の19歳の息子ヘンクが住み込みの手伝いとしてやってきて、ヘルマーの単調な生活が少し変化する。
とても静かな、距離を置きながらも対象をていねいに見つめた描写。スピード感とか、ぐいぐい引っ張られるような力強さはないけれど、物語は主人公の生活のテンポですすんでいく。表立っては何も変化がないようでも、確実に起こってしまったこと。それが層になったところに現在の日々があることが、じわじわと伝わってくる。また話の運びとは別に、自然を描く言葉づかいになじみがなく、新鮮でした。
オランダでもベルギーでも、書店の棚は翻訳作品が優勢です。よその国で話題になった作品はわりとすぐ翻訳が出ますし、村上春樹の『1q84』も原書の刊行から約1年で、他言語に先がけて出版されていたりします。読者にとっては選択の幅が増えて楽しいし、オランダ語への翻訳者にとっても悪くないことでしょうが、オランダ語で書く新しい作家にとっては厳しい状況ではないかと。もともと市場として大きくない(オランダ・ベルギー・スリナム+α)ところに、外国の話題作とも競争して本になるところまでたどり着かないといけないわけで。そこからさらに別の言語に翻訳され、それが評価されるというのは、いろんな力がうまく働いたからにちがいありません。
Gerbrand Bakker, Boven is het stil, Cosee, 2006, ISBN:978 90 5936 228 4