またブリュッセルに来ています。
一日中細かい雨が降り続く、すっかり秋の天気。猛暑の日本とは大違いです。
今回お邪魔している現場で、今日は午後にペンキ塗りの作業がありました。
ほっそりした女性がひとり、ミニバンでやってきて、道具一式を運び込み、静かに開始。つなぎを着るわけでもなく、白のTシャツと薄い色のジーンズに、肩までの髪をまとめただけ。およそペンキ塗りにはふさわしくないスタイルでしたが、彼女の動きを見て納得。動きに無駄がないので、汚れようがないのでした。
特に休憩も取らず、大きなペンキ容器3つ分を使い切って終了。来た時よりもさらに静かに帰っていきました。
きれいな動作 > 無駄がない > 汚れない > きれい のお手本を見せてもらいました。
2007年8月22日水曜日
2007年8月16日木曜日
ルクセンブルク

先週金曜の午後遅くから日曜日にかけて、ルクセンブルクに遊びに行ってきました。
出かける時には霧が出て、寒いような天気でしたが、土日は晴れ。
首都のLuxembourg-Cityは今年EUの文化首都に選ばれているそうで、その一環か土曜日には路上でアーティストのパフォーマンスがあったり、なかなかのにぎわいでした。
ところで、ルクセンブルクの公用語は、フランス語、ドイツ語、ルクセンブルク語。観光案内などは仏独2カ国語表記でしたが、それ以外はフランス語が強いような印象。英語もよく通じるものの、とりえあず第一声はフランス語でした。

ルクセンブルク語は、聞いたかんじも目にした単語のレベルでもドイツ/オランダ国境の方言に似てました。同僚同士で話しているのを耳にしたからか、テンポがよく、生活の中でできていったことばを感じました。
夏休みらしいこともせず、ちょっと煮詰まってきていたので、いい気分転換になりました。
オランダの小学校は今週から再開、ほかの学校も来週から新学年が始まります。
2007年8月3日金曜日
夏休み?

暑くなったのも長続きせず、何となく秋の気配もただよいはじめました。朝晩はかなり涼しい、というより寒いくらい。夕方の日差しも黄色みが強くなってきています。
通訳の仕事でブリュッセルに1週間行ってきました。好きなレストランは厳重にシャッターがおりていて、8月半ばまで1カ月(!)休業しますとの張り紙が。ブリュッセルは今月後半にまた行く機会があるので、その時には開いているはず。
夏の間、ヨーロッパの会社ではほとんど動きがないというのがこれまでの経験でしたが、今年は違います。通訳のほか、翻訳の案件もあって、夏「休み」に読むつもりの本はまだ積み上げられたまま。もちろん、声をかけていただけるのはありがたいこと。でも8月も2週目に入ろうとしていて、あの「夏休みの宿題、まだあれもこれもやってない...」という気分に似たものも多少感じているところです。
2007年7月16日月曜日
暑さ到来

肌寒いような天気が続いていたオランダ、先週金曜日から一気に暑くなりました。
今日の気温はなんと31度。日本ほどの湿度はないものの、日が長いので暗くなっても熱気がいつまでも残ります。
こちらではオフィスでもエアコンはそれほど普及していないので、今日は日本人ならびっくりするような服装で出社した人が多かったのでは...(Tシャツ+ショートパンツならまだOK。夏休みモードでもあるし)。
私も昨日、今日と昼間はなるべく部屋に光(=熱)が入らないように閉め切って、日陰になった側の窓を開けて空気を入れるという方法でなんとかしのげていますが、コンピューターが熱いんですよね。
さて、先々週までの仕事で見聞きした単語、Van Dale - Groot beeld woord&boek (van Dale Lexicografie, 2005)にあたって整理しました。オランダ語にフランス語、英語が併記された絵辞典です。食べ物や動物、衣服などをイラスト付きでまとめた本というのは旅行者向けにありますが、この辞典がすごいのは、DIYの工具各種をはじめ、石油精製のながれ、バッテリやエンジンの仕組み、橋や道路、都市計画まで図解されていること。学習者用としては詳しすぎる内容なのです。スクリューやスパナいろいろ、工場で使われていた設備・機械など、基本単語はひととおりチェックできました。
2007年7月9日月曜日
やっとちょっとおやすみ
続いていた通訳案件、先週金曜日のお昼で終わりました。
前半分はいろいろと資料もご提供いただいて、難しいながらも話の流れがちゃんと見え、「前に進んでいる」かんじがあったのですが、最後の、先週1週間続いた仕事はなんだかすっきりしないまま終わってしまいました。
先方が通訳を使い慣れていないということもあったと思います。お願いしても一切資料などは出なくて、それならそれでと現場(工場)に向かいましたが、いきなりプレゼンテーションのウィスパリングと挨拶の通訳、その後工場内を見て回る時にはマイクがないためほとんど叫び声で話すはめに。お昼も誰かと一緒、オペレーターの休憩時間にはマネージャークラスの人とのミーティング...と、ちゃんとした休憩がとれず、気持ちの切り替えができなかったのでよけいに疲れがたまりました。ふだん人と話すことが少ない生活をしていることもあり、通訳の仕事は毎回きついのですが、今回は特に。
そんなわけで、今週はちょっとのんびりペースですごします。
前半分はいろいろと資料もご提供いただいて、難しいながらも話の流れがちゃんと見え、「前に進んでいる」かんじがあったのですが、最後の、先週1週間続いた仕事はなんだかすっきりしないまま終わってしまいました。
先方が通訳を使い慣れていないということもあったと思います。お願いしても一切資料などは出なくて、それならそれでと現場(工場)に向かいましたが、いきなりプレゼンテーションのウィスパリングと挨拶の通訳、その後工場内を見て回る時にはマイクがないためほとんど叫び声で話すはめに。お昼も誰かと一緒、オペレーターの休憩時間にはマネージャークラスの人とのミーティング...と、ちゃんとした休憩がとれず、気持ちの切り替えができなかったのでよけいに疲れがたまりました。ふだん人と話すことが少ない生活をしていることもあり、通訳の仕事は毎回きついのですが、今回は特に。
そんなわけで、今週はちょっとのんびりペースですごします。
2007年6月21日木曜日
18歳、収容所の日々
2004年秋、オランダ南部のVught収容所に抑留されたユダヤ人少女が書いた日記の発見が発表されました。
日記の書き手は、18歳の高校生Helga Deen。1925年にドイツで生まれ、1933年から家族とともにVughtに近いTilburgで暮らしていました。
日記は、Deen一家がVughtに入った1943年6月1日に始まり、中継収容所Westerborkに移送された7月2日で終わっています。この後一家はポーランドの絶滅収容所Sobiborに送られ、7月16日には殺害されたとのこと。
Helgaは、知り合って半年ほどのボーイフレンドに呼びかけるかたちで、収容所での経験を書き綴りました。この日記—化学の授業用ノート—は、このボーイフレンドのもとに届けられ、2001年に彼が亡くなるまで、家族にも知られずに保管されていたのです。
Dit is om nooit meer te vergeten: Dagboek en Brieven van Helga Deen 1943 (Uitgeverij Balans, 2007)は、この日記と、同時に発見されたHelgaの交友関係を示す手紙、当時の写真などの資料をまとめた本。明日に夢をつなぐのではなく、かといって何もかもあきらめて放り出してしまうのではなく、とにかく思いを書き留めることで日々を生きようとする姿が浮かび上がります。
日記の書き手は、18歳の高校生Helga Deen。1925年にドイツで生まれ、1933年から家族とともにVughtに近いTilburgで暮らしていました。
日記は、Deen一家がVughtに入った1943年6月1日に始まり、中継収容所Westerborkに移送された7月2日で終わっています。この後一家はポーランドの絶滅収容所Sobiborに送られ、7月16日には殺害されたとのこと。
Helgaは、知り合って半年ほどのボーイフレンドに呼びかけるかたちで、収容所での経験を書き綴りました。この日記—化学の授業用ノート—は、このボーイフレンドのもとに届けられ、2001年に彼が亡くなるまで、家族にも知られずに保管されていたのです。
Dit is om nooit meer te vergeten: Dagboek en Brieven van Helga Deen 1943 (Uitgeverij Balans, 2007)は、この日記と、同時に発見されたHelgaの交友関係を示す手紙、当時の写真などの資料をまとめた本。明日に夢をつなぐのではなく、かといって何もかもあきらめて放り出してしまうのではなく、とにかく思いを書き留めることで日々を生きようとする姿が浮かび上がります。
2007年6月13日水曜日
Collapse、やっと読了
Diamond, Jared Collapse: How Societies Choose to Fail or Survive (Penguin Books, 2005)、やっと読み終わりました。去年の夏に日本へ帰る時に空港で買って、結局読まずに持ち帰り、目次をながめ、数ページ読んだだけでそのままにしていたのでした。
その後秋にあった通訳の仕事で、会議中にこの本に触れた発言があり、「ちゃんと読んでみよう」と思ったものの、今度は数十ページ読み進んで長い中休み。
文章が難しいわけではありません。ただ植物や動物の名前がたくさん出てきて、そっちの方が気になり出すと読みのスピードが落ちてしまい、なかなか進まないのでほかの本に浮気してしまう...ということを繰り返していたもので。
日本語版も出ていて(『文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの』ジャレド・ダイアモンド著、楡井浩一訳、草思社、2005年)、こっちは上下巻あわせて850ページを超えるボリューム。
過去に存在し、消えていった社会の崩壊に共通する要因は何か? をテーマにモアイ像で知られるイースター島やマヤ文明、グリーンランドへの植民などを分析する前半と、現代社会に目を向けてルワンダやオーストラリアの状況を環境問題に絡めて考察する部分にはかなり引き込まれました。もっとも、最終部に向けて、そこから現代に生きる私たちが学べることは? というあたりは、章立ての割には物足りない印象。でも詳しい参考文献があがっているところを見ると、興味のある人は自分で認識を深め、賢い消費者/有権者/社会人...として行動できる指針を得てくださいね、ということなのでしょう。
その後秋にあった通訳の仕事で、会議中にこの本に触れた発言があり、「ちゃんと読んでみよう」と思ったものの、今度は数十ページ読み進んで長い中休み。
文章が難しいわけではありません。ただ植物や動物の名前がたくさん出てきて、そっちの方が気になり出すと読みのスピードが落ちてしまい、なかなか進まないのでほかの本に浮気してしまう...ということを繰り返していたもので。
日本語版も出ていて(『文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの』ジャレド・ダイアモンド著、楡井浩一訳、草思社、2005年)、こっちは上下巻あわせて850ページを超えるボリューム。
過去に存在し、消えていった社会の崩壊に共通する要因は何か? をテーマにモアイ像で知られるイースター島やマヤ文明、グリーンランドへの植民などを分析する前半と、現代社会に目を向けてルワンダやオーストラリアの状況を環境問題に絡めて考察する部分にはかなり引き込まれました。もっとも、最終部に向けて、そこから現代に生きる私たちが学べることは? というあたりは、章立ての割には物足りない印象。でも詳しい参考文献があがっているところを見ると、興味のある人は自分で認識を深め、賢い消費者/有権者/社会人...として行動できる指針を得てくださいね、ということなのでしょう。
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